ものおと

散歩と散文

クリティアス/プラトン

有力者への助言者としての「哲学者」というのは危うい。
世には権力にすり寄る「知者」がいる。もちろん権力者自体が知者であることも多い。愚者が権力を偶然に手にしても持ち堪えられるのだろうか。歴史的に僭主に愚者がいるとは思えない。
クリティアスは文献的には「ソフィスト」に入れられる人であった。プラトンの母方の親戚でかの悪名高い三十人政権の首領の一人である。なんせこのクメールルージュみたいな粛清政権はペロポネソス戦争時よりも死人が出したそうだ。クリティアスは自分が信じてもいないような神様によって人民の気持ちをまとめようと考える人物であり一種のカリスマ的独裁志向とされる。その歴史上のわかっているふるまいからすれば野心家であり機会を逃さない類の政治家というのが実情だと思われる。
三十人政権は出た当初は当時アテナイの人々を困らせていた告訴で稼ぐような輩たちを追っ払ったりして人気を得ていたのだがもともと一枚岩ではないところに派閥抗争が顕著になって結局内部崩壊していったようだ。クリティアスはソクラテスの取り巻き連中の一人で人によってはソクラテスの影響を受けているとみなされている。この政権時代ソクラテスはクリティアスの言うことは聞かなかったのに粛清されずにいたところをみるとやはり寡頭政治志向というようなところでクリティアスの政治傾向とソクラテスの影響は無関係とはいえなかったのだろう。ソクラテス裁判はおそらくこのクリティアスと三十人政権をめぐり起こったというのが妥当なのだと私は思う。ソクラテスはやはり麻原彰晃みたいなところがあったのだと思う。さて戦後動き始めたプラトンが直接アテナイの政治に関わろうとしなかったのは親族のクリティアスの件があったからだというのも大いにありうる。もっと言えば基本ある種の派閥からは目をつけられていたのだろう。それ以上にすでに過去の栄光となった一派の一人ということだったのかもしれない。しかし政治と哲学の微妙な関係はまさにこのプラトンに始まるといえる。
それはその流れの末裔といえるアルチュセールの言葉でいうと「理論で政治に関わる」という野心である。