ものおと

散歩と散文

スポットライトを浴びる舞台

人は称賛されることを好むし可能性があれば望むものだ。これは実に単純で素朴な欲求なので無自覚に日常顔を出す。動物は自分の行動に対する障害物をできるだけ取り除きたいという衝動があるので称賛を浴びて承認されることでめんどうな手続きをしなくても自由に行動できるようになると考える傾向が人間には強い。実際はそれほどでもないとしても認められることは怪しまれないことでありその分楽になる。またそれ以上になれば異性には注目され同性に対して優位にたてるきっかけになるわけでいろいろ褒められたり注目されることは功利的によろしいのである。だから通常の考えの中に注目される舞台が中央にあってスポットライトを浴びて拍手喝采的なイメージがたえず潜むものだ。うまくいかない時はこのモデルは「幼稚で馬鹿馬鹿しく」思えるかもしれないけれども現実はみなこのスポットライトに弱いしそういうお膳立てをしたがる連中がわんさといるものだ。こういう傾向が社会から消えることはないであろうけれどもこれもまた一種の麻薬のような効果があるということは注意して損はない。私の考えではこの傾向は結局繁殖上の技術的な傾向であり個体の繁殖傾向が弱まればあまり意味がなくなるものだ。そして生存行動のもつ「他人のまんじゅうはデカく見える」傾向からするとこの繁殖行動に役立つ傾向は嫉妬の対象になる。現代中国の情勢をみているとこの巨大な生存系資本主義国がいたるところで「出る杭ぶっ叩き」に励んでいるのがみえて気疲れする。すでにそうなのかもしれないが中国はものすごい少子化を加速するのではないかと妄想してしまう。