ものおと

散歩と散文

哲学は虚構である。

哲学と小説の違いは簡単にいえば哲学は登場人物ではなくいわば登場概念のある著作を書くことである。
ニーチェがわかりやすい。ニーチェツァラトゥストラでこの中間(中途半端)をしているので「超人」「永劫回帰」「力への意志」という「概念」が科学(自然・人文)のそれとはちがって何よりもその描写(経緯、素性、挿話)が重要であることがわかる。
哲学の問題は自分たちがすでに文学の領域こそ居場所であることを自覚できずにいる場合である。といってもそのような人たちはベルクソンフッサールの世代で終わっているし戦後はますますのその自覚を強めながらどうやってアカデミアの中で存在感を維持するのかの政治になったのがちょっとかっこ悪かったのであった。
日本においては今はそれすらもない。平和である。