ものおと

散歩と散文

恒星からウィルスへ

最初にとてつもないエネルギーで大きいが単純な結び目ができた。あるときその大きな結び目がほどけはじめる。それをほどくのに小さいがより複雑な結び目ができていくそしてその結び目たちをほどくのに小さく複雑な結び目ができ。。そのうちほどく勢い(繰り返す)が抜けていくとウィルスのような複製増殖(ほどきかた)機構だけになって原理的には停止する。

快感もういいよ

恋愛体質はとことん快感を追う。結婚体質はとことん安心を追う。方向性がちがうから恋愛結婚ということばは破綻しているともいえるがその手の話しはもういいや。スピノザは「快楽とは過度になるものだ」といったけど快適だって過度になりますよ。ヨギボウだってずっとくるまれているのはよくない。どんなに小さな快感でも中毒依存の道はある。快感人生というのはわかりやすいけど快感は最初のうちが一番(ともすれば本当に最初だけ!)である。その新鮮さを繰り返すことはできるけど新鮮さの原因は自分の体力にもあるのだ。努力重ねて達成する快感もあるけど達成とともに色あせるでしょ?何十年かけて「帝国」を築けても野心自体が歳をとる。もちろん快感に変わるものなんてない。人は快感にハマって疲れて老いて死ぬのだ。でももし自由ということを少し真剣に考えるならまず快感には最大限注意するのがよいと思う。自由は快感ではない。もちろん安心ではない。自由はおそらくだけど「気分」なんだと思う。じゃあやっぱり快感じゃないかというなかれ。そこを線引きするのが哲学だろうに。

古い古いことのあがき?

プーチンのロシア、軍事クーデタのミャンマー。前世紀に戦争しまくった「国家」なるものの最後のあがきなんだろうか。「グローバル」が「国家」の志ではなく現実に繁殖する「何か」であるとしたら国境の意味がなくなる中で「国家」を輪郭づけていたものが既得権益のために抵抗せざるを得ないとしても不思議ではないのだろうけど。どうなんだろう。日本国家はそういう意味では全然「国家」になりきれていない。もちろん米国の覇権勢力圏内に依存しているからなのかもしれないけど。でも日本がおよそ国家らしくないのは事実のように思えている。東アジア全体で各々の地域住民がなんとか「国家」になろうとしているうちに国境を意識し軍隊を整備して覇権を広げるという「国家」であろうとすることがどんどん「時代遅れ」になっているとしたら日本は見るべきところを考えないといけないのだろうね。

日本国家

御一新からは徳川幕藩体制の「日本国家化」であったと考えてみる。幕府では国家化は無理だったから御一新になったわけではない。御一新自体は黒船襲来から動揺して隙をみせた徳川への西南雄藩のおこしたクーデターである。しかしクーデター成功には付き物の派閥割れが起こり始めたときに「国家化」がはじまる。「開国」それは内政の不安定を外政(主には戦争や外圧という非常事態)でまとめるというよくある独裁政治傾向の亜種だ。遣欧しなかった西郷は取り残されそれ以外は「国家」への道へ互いに睨み合いながら進んでいった。武力経済といえる大陸進出はまさに「強行外政」である。そして敗戦失敗。戦後は冷戦下でかつての統制が継続されたといえるのだろうか。新官僚だった岸信介の復帰。さて戦後の日本国家はかろうじて成立したといえるのだろうか。表向き日本は「国家」「国」である。問題はこの国家はどれだけ確固たるものなのだろうかということだろう。確固という言葉よりも「現実」といったほうがいいのかもしれない。

見えないから燃えるもの

我々の意識は認識したものを消費する。認識は複製増殖という炎の一部(現れ)であって全てを燃やす。だから燃えるものしか認識しない。認識したら燃えているので燃えかすしか残らない。でも燃えるものがあるのはまだ見えないものがあるからだということになる。見えたら燃える。見えるものだけだったら特にみな燃えかすになって生きることは終わっていただろう。しかし終わっていない。ゆえに燃えるものが見えずにあるのだ。

複製増殖が続く

その機能(発現)が選択されたから複製増殖されるようになったというのはなんだか居心地が悪い。酸素を運ぶからヘモグロビンが選択されたとしてもそもそも選択肢はどこから湧いたのだろうか。酸素を運ぶ「必要性」が以前からあったのだろうか。よくある鶏卵の話をしても不毛である。複製増殖は燃えていることだとしよう。燃えるものがあって炎に勢いがあれば火事は続くだろう。再帰的な燃え方を一部でしている地球があって炎と燃えかすを生じさせながら燃えるものの消費が進んでいるのだ。炎が複製増殖燃えかすが細胞などの組織では燃えるものは?

国の未来などわかるわけがない

戦後の日本は結果的に武装解除した社会と復員してきた人々の再雇用と生活復興をなんとか成し遂げたことが1番の成果である。米軍占領期の7年間の最後に朝鮮戦争が起こり直接米軍と工場がつながることで品質管理が向上したことなど戦後の経済政治は米軍そしてその向こうにある米国との関係で進んだのは明らかである。近代的な資本主義20世記になって勢いをました産業発展の根幹である「資源」に乏しい日本は何よりも「観念」とでも言える次元で発展しようとした。戦前はその「観念」を素朴に実現できると進んだけれどもさすがに現実は優しくない。そもそもそれまで1000年近く外交という面では大きな実績を積まなかった日本が欧米にうまく立ち回れるわけがない。見事に大敗し何よりも根幹であった「観念」が挫折した。戦後はその「観念」を黒塗りし再出発したわけだが米国をモデルという新たな「観念」があいかわらず自前の空想をたくさん含んだ形で教育としてメディア中心に広まったのである。でも戦後の社会は復興したといえる。少なくとも戦前生まれ育ちの「生き残り」たちにとっては「もはや終戦直後ではない」といえるまでになったのではなかろうか。さて問題はこれは日本に限ったことではないがその戦後のひとつの到達点といえる生活水準をこの先の世代が維持できそうにないということである。これは我々が戦後選んだ社会とその生活があくまである時代のものでしかないということなのかもしれないのだけれども日本はやっと到達した「日常生活」が変転していくものだという事実をうまく理解できないでいるように思う。